2012年10月8日月曜日

連載企画①【トアル教授の5分講義】(2012/10/08):コトバの重みー翻訳をする人へのアドバイス②8つのポイント


【今回のテーマ:トアル教授の5分講義シリーズ第3回 翻訳をする人へのアドバイス②8つのポイント】


1.原文の流れ-語順、語・句・節がでてくる順序-をできるだけ尊重し、その順序に従って翻訳するように、ということです。日本語の特性上、どうしても「ひっくり返して訳す」しかない場合もありますが、そうせずにすむならその方がよいです。日本語と英語・フランス語ではシンタクス(注:文法構造上の決まり)上の語順が違うことは確かです。それを無視して原文の語順を100%守ることはできません。しかし、意味グループ(句・節など)という単位を考えれば、できるだけ原文の流れに従うべきです。どの言語でも、読み手(聞き手)は最初に出てくる情報にまず反応し、そしてそのあと次々とでてくる情報を受けとめ、最後に示された情報を得たところで、はじめてそこで語られたことの内容全体を把握し、総合することになります。情報が示される順序は大切です。

2.原文は一文でも、日本語としての調子を整えるためには、二つ(ときには三つ)の文に分けて翻訳することも必要です。とくに長い文の場合、あるいは1のアドバイス(原文の順序をできるだけ尊重する)に従おうとする場合は、二つ(ときには三つ)の文に分けて訳すのが重要なテクニックです。その逆に、原文は二つあるいは三つの文になっていても、一つの文にまとめて翻訳した方が良い場合もあります。 (日本語を英語やフランス語に訳すときにも同じことが言えます。)

3.原文にある単語でも、思い切って省略した方がよい場合があります。とくに別の言葉に言い換えたり、説明を付け加えているような場合は、訳語・訳文では言い換えや説明の必要がないことがよくあります。 逆に、原文にはないが、日本語に翻訳する場合には言葉を補ったり説明を加えたりすることが必要になるケースもあります。読者がいちいち原文を参照するわけではありません。日本語の訳文だけを相手に読む一般読者の理解が及ぶ範囲を想定しながら、必要と判断したときは、削除したり付け加えたりすべきです。

4.フランス語ではよく「言い換え」をします。たとえば、ニコラ・サルコジ→「共和国大統領」→「国家元首」などなど。同じ単語を繰り返し使うことには抵抗があるわけです。しかし、それをそのまま翻訳すると、日本人の読者には不自然でわかりにくくなることがあります。日本語としては言い換えない方が自然なときは、むしろわかりやすさを選びましょう。日本語では、同じ単語を繰り返し使うことに抵抗感はあまりありません。もちろん、語彙の貧困ゆえに、何でもひとつの形容詞で済ませるのは、まさに「貧困」としか言いようがありませんが。

5.「言い換え」に限らず、その言語特有の「くせ」「習慣」「文章作法」が日本語になじまないときは、無理して相手に合わせるのではなく、不自然でない日本語に訳しかえるよう心がけるべきでしょう。

6.代名詞の使い方に気をつけましょう。代名詞はできるだけ使わないようにすることです。「彼は」「彼を」「彼に」「彼の」などを乱発するのは、日本語として失格です。日本語では、主語も、省略できるときは省略するのが自然な文章になります。「彼は・・・。彼は・・・。彼は・・・。」と芸もなく繰り返すのは見苦しいです。

7.辞書にでてくる訳語ではだめなことが多いです。大辞典でも、あらゆる場合に対応した訳語を網羅することはできません。辞書はしっかり調べねばならないし、最適の訳語を探す上でのヒントにもなりますが、その文章の内容にぴったりの訳語は自分の頭の中から見つけ出すしかありません。

8.最後にとくに大事なことを。
翻訳するテキストのテーマ、内容、分野、そのほか関係することについて、できるだけ多くの資料にあたること。多くの知識を蓄えること。内容が深ければ深いほど、また専門性が高くなればなるほど、最後の決め手は「知識」と「教養」です。語学は雑学。日頃から、好奇心旺盛に、新聞・雑誌・本をいろいろと読みあさることです。
しかし、広げるだけでなく、深めることも必要です。深めれば深めるほど、広げることの必要性を痛感します。逆に広げるだけでは、クイズ番組では優勝できるかもしれませんが、深めることの意味を理解することはできません。その意味で、自分の専門分野とか、「強い」分野を持つのは良いことであると同時に必要なことでもあります。
それと、もう一つの決め手は日本語の文章技術。日本語でまともな文章が書けない者が、まともな翻訳などできるはずがありません。そして、まともな文章が書けるようになるための方法は一つしかありません。まともな本を数多く読むこと、それに尽きます。


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