2012年10月2日火曜日

Write There Write Now (2012/10/02):文化は心に根付くものーMondovinoを観て

シンガポールでは映画館で放映される映画の種類が1パターンで、ハリウッドのブロックバスターが中心。中国、韓国、日本などの映画も選択的に放映されたりするが、ロンドンのICA(Institute of Contemporary Art)の映画館に匹敵するような、いわゆるアート系の人が行くようなちょっと変わった映画館をまだ見つけられていない。(ないのかもしれないと多少絶望的になってきている。)

そういうわけで、時々(仕方ないからというと失礼だが)フランス映画を見にフランス文化会館、アリアンス・フランセーズに行くのだが、先日、同会館のワインイベントの一貫として、無料で「MONDOVINO」というドキュメンタリーが放映されたので行ってみた。

このドキュメンタリー自体は新しいものではなく、2004年にリリースされたもの。自身ソムリエであるJonathan Nossiter4年間かけて40万ドルで制作したらしい。父親がワシントンポスト、ニューヨークタイムズの特派員であったため、彼自身はフランス、イギリス、ギリシャ、インドで育ったという、まさにグローバル人材だ。ハンディカムで撮られた映像であるため、ブレがすごくて多少みづらいものの、カンヌのパルムドールに選ばれたこともあり一時評判になった。が、これまで見に行くチャンスがなく、なんとまあ、8年後にまさかのシンガポールでの観賞となった。

グローバルに、資本主義的に、大きくワイン事業を展開するワインコンサルタントのMichel Rolland(フランス人)、そしてカリフォルニアワインのドン、Robert  Mondavi(アメリカ人)、そしてかの有名なワイン批評家Robert Parker(アメリカ人)。ワインの世界におけるグローバリゼーションの波と、効率化への賛同派、反対派の様子が描かれている。(もっとも、反対派をサポートするバイアスがかかっている内容だが。)

会社で働いた経験を持っていると、この資本主義的発想に当然ながら合意する点も多い。いい商品を作り、多くの人に楽しんでもらう。それにより売上も増加し、より良いものがどんどん作れる。自社商品を世界に流通できる。このグローバル化の流れは止められない。だったら抵抗なんかするよりも、うまく付き合うしかない。

一方で、このワインという心にしみた文化の哲学を語る「抵抗勢力」のワイン農家の言葉はひとつひとつ重い。敏腕マーケターのめまぐるしい展開に、『そんなのはワインじゃない』とばかりに抵抗する。とはいっても、完全に対立しているわけではなく、改善の必要性は感じている。『でも何だろう、この心に強く感じる抵抗感は』という苛立ちを彼らは感じているのだ。

ここで少し話は飛ぶが、たまたまタイミングよく、『平成進化論』の鮒谷さんの日刊メルマガ(101日付『人間国宝になりたい!』)に、このような言葉があった。(抜粋ではなく内容の一部をこちらでまとめた。)

商品への注力と商品デザインの注力バランスが100だと、腕は人間国宝級、作る商品は天下の逸品、けれども売り込むことは全くできない。

商品への注力と商品デザインの注力バランスが010だと、敏腕マーケター、でも一歩間違うと悪徳詐欺師。

「売る」のではなく、「売れていく」にはどうしたらいいのか。

(余談だが、ちなみに、この記事はご自身の「カリスマ性のなさ」(派手な演出のなさ)についてセミナー参加者にコメントされたということについて書かれたものという。私も一度ロンドンでセミナーに参加して、ちょっとだけ直接お話させてもらったが、本当に変な派手さがない、とても謙虚で、しかし人間的に魅力のある知的な方だった。ちなみに、ご自身は「商品95:デザイン5の人間国宝的な生き方」を目指したいとされている。)

ビジネスをしていると、売上、収益性、などと言った形で勝敗が見える。だから伝統だけに固執することは難しい。ただ伝統を重んじる国や文化で育ったものには資本主義的論理一本やりが果てしなく軽く感じられる。しかしこれまでの「売れていく」への努力が「売る」力に負けそうになっている

のだろうか。

短期的に見るとそうかもしれない。ただ、長く栄えるためには、「売れていく」要素、つまり商品への注力が必要だ。キャピタリズムギラギラのワイン農家側にとっては、フランスの老舗と対抗していくために、当然ながら今は商品デザインで画期性を持たせる必要がある。だから最初はそこへフォーカスするのは当たり前だ。

ただ長期的には、商品への注力と商品デザインの注力バランスの舵取りをうまくやったものが生き延びるのだと思う。だから、いつの日か、彼ら(の子孫)がフランスのワイン農家と同じようなことを語る日が来るのではないか。文化はそうやって育って根付いていくものだと思う。

この映画を見たあと、漠然と「何か書きたいなあ」と思った。でもタイトルはどうしようかな、と。「ワインのグローバル化」という直球にすべきか、あれこれ考えたが、多少飛躍するものの「文化は心に根付くもの」とした。ワインのグローバリゼーションに対し、どちらのポジションを取るにしても、このフランス人、イタリア人のおじいさんたち(おばあさんたちがあまり出演してなかっただけです)の人生哲学・ワイン美学には心を動かされるに違いない。特にワイン好きの人には美味しいドキュメンタリーだと思う。



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【参考記事】
Mondovino (IMDb)

平成進化論(該当記事はまだバックナンバーにアップされていませんでしたが、平成24101  平成進化論 3305号「人間国宝になりたい!」です!)

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