2012年11月25日日曜日

Write There Write Now(2012/11/26):一足先に2013年に移行


【今回のテーマ:一足先に2013年に移行】


来週から11月も最終週。そうなったときに必ずすることがある。

それは、2013年の手帳への移行。

私は文房具が好きなので、『好きな文房具しか使わない』と決めている。そうしないと大事にしないからだ。とはいっても別に高価でスタイリッシュなものという意味ではなく、デザインがシンプルで使いやすいと思うものを選択するようにしている。使いやすそうだなと思うとつい買ってしまうが、まあそれぐらいはいいか、ということで。

手帳もかなりいろいろ探したし、最近は日本でもいろんな方がプロデュースした手帳があるが、海外にいるとなかなか細やかな配慮があるものがない。Moleskineなども使ったが、ここ数年ほどは最終的に仕事もプライベートも無印良品のものに落ち着き、Moleskineは1日1ページのものに日記を書いている。2013年も、2012年と全く同じスタイルのものを選んだ。ただ仕事用で使っていたものは去年と全く同じデザインがなく、しょうがなく少し小さいサイズを購入となった。毎年同じスタイルのものをずっと使える点も無印良品が好きな理由でもある。

ただ、売り切れになると嫌なので、10月ごろからMUJIショップをうろつき、見つけるとさっさと買う。11月は早く月末になって次の年の手帳に移れないかな~と心待ちにしている。ほとんどの手帳が前年の12月から準備されているわけだし、早く新しいノートに何か書きたいという幼稚な思いもあり、この手帳の移行が11月最終週の儀式となっている。

特に偉そうに話すほどの手帳術はないが、基本的に用事は月全体のページに書き込む。私が使っている手帳の場合は、毎週のページも見開きであるが、左側が一日ごとに書くスペースが設けられており、右側がフリースペースとなっている。なので右側のページに思いついたことや年間通して考えたいことなどが書かれている。基本は左側の週ページには特に書かない。あとで関連事項を書き足すスペースが欲しいからだ。だから週の予定用としてはあまり機能していないが、見開きの月ページと残りはただのノート、という組み合わせがないようなので、仕方なく(?)こうしている。バインダーに中身を差し替えるタイプの手帳も学生時代使ったが、リングのところが破れたりするのが面倒。そういうわけでこれが一番いい。

さて、昨年の11月末にまず書き込んだことは何か、というと、これ。
『人が習慣を作り、習慣が人を作る。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる。』

うむ、結構いい言葉だ。

毎年その年の抱負を決めるのだが、2012年は『今年の抱負』とは書いておらず、この文章を最初のページに書いた。残念ながらどこから引用したかはメモしていないのがおっちょこちょいで使えないところだが、何かを読んでいていいなあと思って2011年の手帳にメモを取った覚えがある。20102012年は忍耐のサイクルなのだなあ、というのが2011年時点で見えていたので、2012年もいつかトンネルを抜けるときのためと考えよう、という自分なりの思いが込められている。こうやって前年最も重要と思ったことは次の年の手帳にも持ち込んでいる。

その他のメモはこのような内容。
・ヒューマンスキル(対人関係能力)として気をつけたい点(←そういやあ前職で上司と対立してたっけ…)
・中期人生戦略、やりたい仕事像(←上記の理由で早く次の職場探そうって思っていたため)
・生業と『良い子、悪い子』(←これは先日記事で紹介したこと)
・会ってみたい人リスト(←世の中いろんな人や仕事があることを実感するため)
・MESE(Mutually exclusive, collectively exhaustive)ー分析の際に心がけること(←アナリストの仕事をしていたため)
・論理パターン(並列型、解説型、ふたつの組み合わせ)(←チームや自分の仕事をリビューする際に論理的に話が流れているかを確認するために意識しようと思ってメモをした)
・マクロビについて(←食生活を振り返っていた際友達に勧められて少し情報収集)
・行きたい国、都市のリスト(←東南アジアへ移動することが分かったため)
・シンガポールに住み働くための豆知識(←シンガポールに引っ越してきてすぐ受けた講習)
・読みたい本のリスト(←新分野を知る必要ができたため)
・A+Sで書いたこと、書きたいこと(←やっと9月1日から活動開始に至る前のことなど)
・『個として飛び出すグローバル』企画(←2013年は忙しくなりそうなので早めに考えをまとめておこうと思ったため)
など。

もうひとつ、やりたい仕事像関連でメモしたもので、結構気に入っているものをご紹介。(これも出典は不明瞭だが、どこかからひっぱってきたもの。少し言葉を変えているかもしれない。)
ーーー
『会社で必要とされるには』

①カビの生えた成功体験は捨てる。
②現場の変化を素早く察知する。
③『現象』から『事実』を見極める。
④ひとつだけ飛び抜けた強みを持つ。
⑤ニーズを絞りこみ、得意分野としてレベルアップする。
⑥複数の先行目標を持つ。
⑦基本に忠実でいる。
⑧自分から提案して小さな成功体験を作る。
⑨煙たがられてもいいから信念や意見を持つ。
⑩テーマを決めて学習し続ける。
ーーー

この中で特に好きなのは、『カビの生えた成功体験は捨てる』と『基本に忠実でいる』『煙たがられてもいいから信念や意見を持つ』の3点。(この『カビの生えた』という古くて嫌な感じの表現が特にいい。)実は結構これは意識しないとダメな点だと思う。①を押さえると、後がついてくる。⑦と⑨は『縁の下の力持ち』のような要素で、自分のスタイルを確立しながらも①~⑥、⑧をこなしていくのに必要だ。

こういう並び替えをすると分かりやすいかもしれない。

ーーー
①カビの生えた成功体験は捨てる。
  ↓
②現場の変化を素早く察知する。
③『現象』から『事実』を見極める。
  ↓
⑤ニーズを絞りこみ、得意分野としてレベルアップする。
⑥複数の先行目標を持つ。
⑩テーマを決めて学習し続ける。
  ↓
④ひとつだけ飛び抜けた強みを持つ。
  ↓
⑧自分から提案して小さな成功体験を作る。

  
⑦基本に忠実でいる。
⑨煙たがられてもいいから信念や意見を持つ。
ーーー

今年も残すところほぼ1ヶ月。今年を振り返り、『今年も終わりよければすべてよし』で幕を閉じたいところ。2013年の手帳には、この①、⑦、⑨を書き写そうと思っている。


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2012年11月23日金曜日

Write There Write Now(2012/11/23):ノマド・メンタリティを培う


【今回のテーマ:ノマド・メンタリティを培う】

今朝、レバレッジ・マネジメントの本田 直之さんの記事を東洋経済オンラインで拝読。『30代で始める「ノマド・トレーニング」』というタイトルで、大きくうなずける内容だったのでご紹介までに。

30代で『ノマド』としてやっていけるだけの基盤を培おう、という内容の記事。ちなみに、ノマドとはなんぞや、というところで、記事の筆者はこうコメントしている。

ーーーーー
ノマドとは、働き方というよりは生き方です。「会社を辞め、モバイルを駆使してカフェで仕事をすること=ノマド」というイメージが独り歩きしている感もありますが、私の考えはまったく異なります。
「自由でオルタナティブな働き方」を含めたライフスタイル全般を指すもの、それがノマドではないでしょうか。それゆえに組織に属していてもノマドライフを送っている人はいますし、フリーランスであっても制約が多い「縛られた生き方・働き方」をしている人もいます。
何を選ぶかは個人の自由なのですから、どちらが良い・悪いではなく、自分に合った生き方・働き方を、それぞれが自分の意思で選ぶ時代が来ていると感じています。
ーーーーー
(出典:「ノマド=カフェで仕事」ではありません、一部抜粋。
 http://toyokeizai.net/articles/-/11771)

最近年代別のビジネス本が多いみたいだが、個人的にも30代はかなり重要なのではなかろうか、と感じている。人生最初の20年は多くの場合が親のサポートの中で生きているため、初めて自分で生きた10年の結果が見えてくるのが30代。仕事を初めて10年が経ち、それぞれが違う道を歩き始めていると感じる中で、自分はどうしていきたいか。自分の能力や限界も見えてくる。中だるみも始まる。そういう中で一念発起というか、これから30年も頑張るぞー!と思えるためには、自分の中で(他人任せではなく自分で)新しい風を吹かせることが必要になってくるような気がする。

ただ、『攻め』と同時に『守り』も重要になる。だから、この記事の『マルチキャリアに挑戦する』というのは理にかなっていると思えた。そういうことを考え始めると、自分には何が足りないかを考える機会にもなる。新しいことに挑戦しようと思えば、何となく同じことをしてしまう『ルーチン』も改めなければならない。

記事でも書かれている通り、『自分の市場価値を知る』というも重要なポイントだと思う。以前、自分をフリーエージェントと考えた方が現実に合っている、と書いたことがあるが、特に海外で生活していると『誰のどのようなニーズに応えられるか』と『自分が何をしたいか』の擦り合わせで転職先や仕事内容、そして待遇が決まってくる。転職という機会がないと社内人事の評価で報酬が決まっていくので、なかなか外部から見た自分の価値、というのが分かりにくいと思う。だから確かに転職サイトに登録することで誰がどのような面で自分を評価してくれるか見えてくるので面白いのではないか。

その点を意識していると、やりたいことをやりたい放題にやるのではなく、少し付加価値が出るような方向へ動くよう意識するようになる。加えて履歴書の書き方に対するフィードバックもある。私も過去に経験があるのだが、どれだけ『この分野は希望していない』、と主張しても、自分が過去経験がある一定の職種ばかりから声がかかることがあった。そうなると、①他の部分を強調することで希望している分野へのアピールを強める、あるいは②『やっぱりそこを売るしかないかねぇ』と考えを変える、という対策ができる。②を選んでも、同じ分野で同じことをするのではなく、少しアピールの仕方を変えて違う形で花咲くことを狙う『軌道修正』も可能だと思う。

この記事を読みながらついでにぼんやり考えたのは、これからの世代には、多分『定年』という考え方がなくなるんだろうな、ということ。80まで生きるようになることを考えると、65歳で定年となっても15年も仕事なしで生きていくというのは場合によっては経済的に厳しいだけではなく、何もしないには長過ぎる。そうなると定年という発想よりも、経済的に退職出来る人は仕事を辞めるが、仕事を継続するという選択もできるのでは。働き続ける選択をする可能性もあると考えると、若いうちから倒れてしまうような働き方や女性が結婚や出産を理由に働きづらくなる環境ではまずいのではないか、と思う。右に倣えの働き方をしていると、死ぬまで働けない。

ただ、残念ながら自分の世代では環境が大きく変化するとは思えない。そうなると少しでも状況がいい会社に移ることを目指すとか、個人レベルで対応していくしかない。乗り切っていくには、この記事にあるように、30代で出来る軌道修正やアクセルの踏み込みはしておいたほうがいいということなのだろう。受け身という選択肢はなさそうだ。腹をくくるしかないみたいだな~。

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【参考記事】
30代で始める「ノマド・トレーニング」
(レバレッジ・マネジメントの本田 直之さんの記事、東洋経済オンライン 2012年11月22日付)

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2012年11月20日火曜日

Write There Write Now(2012/11/20):日本では自由=無責任?


【今回のテーマ:日本では自由=無責任?】


週末に日経ビジネスを読んでいたら、こんな面白い記事があった。

『個人の創造性を根絶やしにする日本社会の「立場主義」 安冨歩・東京大学教授に聞く』


(以下、上記記事より一部抜粋) 
ーーーーー
安冨:
日本というのは異常に専門家を重視するんです。これは面白いんだけど、原発に賛成する人も反対する人も、ものすごく専門家の言葉を重視する。ヨーロッパの人はそんなに専門家の言うことを聞かない。イギリス人なんか特に、専門家に対して評価が低い(※1)。

シビリアンコントロールと言うけど、あれは「文民統制」ではなくて、「素人による統制」なんです。シビリアンとは、プロフェッショナル(専門家)に対しての素人。故・森嶋通夫先生が言っておられたのですが、日本はプロフェッショナル・コントロールの国だと。

日本人が言う「素人」とは、「立場のない人」です。立場は責任と結びついているから、責任を負わない素人が判断なんてできない、と。逆に専門家とは「立場のある人」。

(中略)

ヨーロッパ言語における「選択」の概念を考えると、選択は自由と結びつきますが責任も生み出します。「選択、自由、責任」がセットなんです。

ところが日本では、自由と結びつくのは「無責任」なんです。なぜか。日本では責任は立場に結びついているからです。「立場がない=自由=フーテンの寅さん」なんです。

日本社会における自由の根源は何かというと「無縁」です。「無縁=自由=責任がない」。これに対して「有縁=不自由=責任を負う」。つまり自由と責任が対立概念なんですね。ヨーロッパ言語では自由と無縁は全く結びつかない。不思議なんですよ。

有縁、無縁は中世にできた家制度と結びついていて、家制度自体は高度成長期に崩壊して、戦争によって鍛えられた立場主義に変質しました。
ーーーーー

特に後半はとても興味深いポイントだなあ、とちょっと考え込んでしまった。『自分の意思で選ぶ』ということが西欧的発想では『自由』、そして『結果には責任を取ることとなる』ということが結びついているのは理解していたが、日本では何かずれているというところまでしか理解していないかったので、この『自由=無責任』という構図が見えて、大きくうなずいてしまった。なるほど。

しかも『有縁=不自由=責任を負う』が、しかし『=責任を取る』とは必ずしもつながっていないのが日本の現実に見える。すぐ連帯責任を持ち出すところも、責任の所在が明確ではない(責任の所在を認めない)、という建前と現実というまた日本っぽい観念が入ってくる気がする。

少し話はずれるが、欧米(※2)の会社はフラットだとよく言われることがある。私が以前勤務した会社でも確かに年功序列ではないし、おそらく日本では課長に相当するミドルマネジャー的なポジションが少なかったこと、タスクフォースなどプロジェクトベースで立ち位置が多少変わったりすることがあるので、日本の部長、課長、係長、のような構造よりもフラットでフレキシブルだった。下も上に対してどんどん提案していくことなども考えれば、より全員参加型に見えるかもしれない。

ただ、基本的には『責任の所在』という観点から組織を見た場合は大抵非常に明確だったように思える。チーム表彰なども当然あるが、基本的には最終責任は誰が負うかは明確。だから給料格差があるし、何か不祥事が起きれば特に最終責任者が退任するとか減給するとか責任を取ることになる。もちろん成功を導きだせば昇格につながる。根本的に立場が責任と直結している。だから日本企業の不祥事の際にトップが辞任しないことは『意味が分からない』とコメントされる。(正直日本人でも意味が分からないと思っている人も多いと思うが。)そう考えると、日本の立場主義は主義・主張だけであって、現実にはとても緩い気がする。

週末に複数の日系ビジネス誌を読み漁って少し最近の話題などにもキャッチアップしたが、社内の変革を進め大きく変わろうとしている企業や有望なベンチャー企業も多くある一方で、未だにこんなことがあっているの?と正直びっくりするような話もある。オリンパスにしても野村にしても津波後の対応にしても、悪い話の方が海外で取り上げられやすいのが残念だなあと思う。

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※1)多少余談だが、上記の『イギリスなんか特に、専門家に対する評価は低い』という点は若干気になった。3.11の津波の際の日本の原子力事情に対して、原子力に頼らない割には欧州で最も冷静な論調だったのはイギリスだと個人的には考えている。素人が科学者の意見を聞き、冷静に判断しておらず、感情論に走っていたとしたら、もっと違う反応だっただろう。その他、国営放送であるBBCWORLD SERVICESへの評価が高いのも、同社ジャーナリストのレベルの高さに加え、事実に基づき客観的に判断したいという土壌が少なからずあるからではないか、と思う。

※2)欧米とはいっても国によってもかなり企業文化は違う。個人的な経験では『社内における弁論の自由』という観点では、オランダが一番フラットだった。『上司にどんどんモノ申せる奴は昇進する』とオランダ人の先輩も言っていた。私はオランダからアメリカに転勤したので、オランダ文化を持ち込んでしまい、直接的な物言いとノーという部下として多少アメリカ人上司に引かれたことを覚えている。


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2012年11月16日金曜日

Write There Write Now(2012/11/16):『活路を見出す』と考える


【今回のテーマ:『活路を見出す』と考える】


最近、日本人以外の人に就職相談をされることが増えた。といっても理由は日本人が周りにいないというだけ。新しい仕事を見るける時の悩みってどこにいっても似通ったものだなあ、なんて思いながら聞いている。

そういえば、日本人の友達からも『そもそも、なんで新しい土地にフラッと来て、すぐ仕事が見つかるんですか?』とも聞かれた。

まず、『フラッと』、というところは訂正したい。失礼じゃないか、君。

…ということではなく、そもそもフラリと来ても仕事を探すのは難しい。少なくとも何らかの形で滞在許可を持っていない限り名目上は仕事探しが出来ないことになっている国が多く、人材派遣会社などは紹介してくれない。そうなると自力で応募していくことになるが、滞在目的が明確ではないと、『コイツはすぐ辞めて国に帰るのではないか』などと疑いの眼を向けられるからだ。

次に、『仕事が見つかる』という点だ。『仕事、見つかったよ~』と私自身もよく言っているが、実は仕事は『見つかる』ものではなく、能動的に『見つける』ものだと思う。

なので正しい質問は、『新しい土地に来て、どうやって仕事を見つけたんですか?』だと思う。

『その違いがそんなに重要なんですか?』と反論したくなるかもしれないが、私は結構重要だと思う。特に後半部分。

個人的には『仕事を見つける』という表現より、なるべく『活路を見出す』という表現で就職(転職)活動を捉えるようにしている。仕事を見つける、という表現をしている限り、ついつい流されやすい私は買い手の視点に合わせてしまうことが多い。でも『活路を見出す』と考えると、軸が自分となる。

活路を見出すというのは自分探しに近い。ただ、自分探しは『私とは誰か?』という自己分析に留まるが、『活路を見出す』という表現を使いはじめた時に『ではその私を持ってどの方向に進んでいくか?』と、下を向いて考えていた自分がふと顔を上げて先を見る姿が浮かび上がる。

そういうことを書くとあたかも私が就職(転職)のプロ、成功者であるように聞こえるかもしれないが、そういうわけではない。最初からそう捉えられたわけでもないし、失敗もする。周りを見ていると、正直、一番効率がいいのは日本で最初から外資系企業に就職し、日本国内の外資市場を転々とするのが最も給料は上がるような気がしてやっかんだりもしていた。

海外市場を飛び回ると、待遇面でも各国市場でのアジャストメントが多少なりとも入るので非効率なところがある上、国境を超えると、『How are you and who are you?』の連続で、いちいち最初から自分のストーリーを語らなければならない。最初はそれがものすごく面倒だと思った(なんせ面倒くさがりで)。でも、そのうちだんだん口が慣れてくるというか、『practice makes perfect』で、ストーリー展開がうまく出来るようになり、特にあれこれ突っ込まれずに『へぇ~』と納得してもらえるようになる。そうなってきたら、自分の過去の道路整備が出来た、と考える。

そうなると次はどこに目的地の旗を立てるか。まあ、現代的に考えるとすると、GPSにどのアドレス入力するか、となるのだろうが、実際はそこまで正確に次を特定出来ることは少ないので『旗メタファー』が一番合っている気がする。

ヒラヒラと△の旗が向こうに見える。そこまでのルートとしては、直線だがイバラの道、距離的には迂回するが平坦な道、丘を越える道、などと選択肢は複数。途中には危ない橋も。でも『備えよ、常に』(by ボーイスカウト)の精神で少し先を確認しながら進めば、多分どうにか様々な試練も乗り越えられる。

そして時々ちゃんと後方も確認しながら進むと、当時は『嫌な上司に適当に合わなければならぬ、嗚呼この辛さ』と見えた試練も、実は『部下を無駄な不調和音から守るための自己犠牲の訓練』だったと見えるかもしれない。あれだけキーキー腹を立てていた状況も自分の肥やしになるんだなあ、と、当時はうまくやれなかった上司にも感謝、感謝。

…なんて、大して偉そうなことを言う資格は特にない。キャリア的にもまだまだこれから、というところ。自分自身もいつもすべての状況にベストな形で対応出来る訳では決してない。ただ、各種イバラの道は通り抜けているとは自負している。

私が海外の大学院を卒業する時、周りの日本人全員が『絶対無理』『日本人が海外でトップ企業なんか勤められない』『まだ若いから日本に帰った方がいい』と言ってきた。ほとんど反骨精神で『じゃあ誰かがやらないと…』と私は残ることにし、あがいて(溺れかけて)いたところ、Fortune 10の米大手企業に拾ってもらった、という経緯がある。

それがベストな道だったかは多分一生分からないが、道は拓けた。善し悪しは別として、波瀾万丈、スリルやサスペンスには事欠かない道であったことも間違いない。だから何かをやろうとしている人には『無理』『辞めた方がいい』とは言わないようにしている。私ももっと経験を積んで、『この辺を通ると楽でっせ』ともう少し具体的に応援してあげられたらいいな、と思っている今日この頃。


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2012年11月12日月曜日

Write There Write Now(2012/11/12):雨の日はジャグリング


【今回のテーマ:雨の日はジャグリング】


最近またテニスを始めた。シンガポールは日中は暑すぎて熱中症になるので、だいたい私は夜の8時か9時から1時間のトレーニングを始める。それでも汗ダラダラだ。ヒ~。

『また』始めた、と格好つけて言ったが、とは言ってもかなり長いことやっていなかったので初心者同然。ボールは返せるものの、コントロールは悪いし、フォームも注意される。最初は優しかったコーチも私が固定客となった途端だんだん本性を表しはじめ、最近ではスパルタだ。『もうそれ注意するの5回目だぞ』とか、『集中しろ』とか、正直職場ではあまり言われることがなかったことを言われている。まさに部活気分だ。

昨日のトレーニングでは、『確かにスタミナはある(←日頃から走っているおかげに違いない)。ただ、最初多少遊んでいるというかヘラヘラしていて、ミスし始めるとだんだんやっと集中していい球を返してくるようになる。もっと最初から気合いを入れてほしい』とのこと。

馬力は認められ、コーチから『ディーゼル』というあだ名で呼ばれているわけだが、こんなんじゃないと悔しい。そこで少しビデオやいろんなサイトを見て、自主練の強化を目指している今日この頃。そうやってコソコソと情報収集したり練習をして、いつかすごいショットでコーチをギャフンと言わせてやろうと無理なことを本気で企んでいるが、ひとつのポータルでちょっと目を引いたトレーニング方法があった。

『雨の日は3つのボールでジャグリングの練習をしよう』ということだ。

ジャグリング?テニスと関係あるの?
…と一瞬思うが、『視界全体で状況把握しながら一点を集中して見る』という目の訓練だという。ついつい周りのことに気を取られてボールから目を離してしまいがちだが、それではゲームで勝てない。雨の日はそういうこともトレーニングしましょうね、ということだ。

なるへそ。

このジャグリングというのが何だか私の中では非常にしっくり来た。

人生そのものではないか。30代になると20代よりも人はそれぞれの道を歩むんだなあという認識が強まるが、それでも日々の生活に気を取られて自分の中長期的目標を見失ったり、どこか周囲の選択と自分を比較して自信を失ったりすることがある。自分は自分、でやっていくには、把握していても敢えて見ない、ということも必要なのではないかなあ。

ジャグリングですよ、ジャグリング。

…という話を友達にすると、シビアな彼女には『いやその前にまずボール落とさないことが重要でしょ』と指摘された。確かにボール落としてたら何にもなりませんよね。

『「仕事」「(置かれた)環境」「人生観」という3つのボールをうまく回しながら、落とさずに、自分の目標へと意識をフォーカスできるか。そういうことですよ。』

す、鋭い。
…ですよね。

まあ、でもあんまり遠くを見るのも大変だから、最初は今週の目標を見失わないことから始めよう。

そんな気分の月曜日。今週もがんばりましょう。


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